最初に言い訳をするわけではないのだけれども…。自身は、ブロガーではない。ブログそのものを始めたのはずいぶん以前にさかのぼるけれども、現在に至るまで、書いてはつぶし、書いてはつぶし、というサイクルを何度も繰り返しているような “ヘタレ” だし、書いたブログが、何かヒトの役に立っているとも思えないわけで…。
一方で、自身は少なくともジャズ ミュージシャンではあったわけで (ジャズではあんまり稼げなかったので、結局他の音楽いっぱい演っていたけれども) 。
最近になってふと考えているのが、“ブロガーとジャズ ミュージシャンは似ている” のではないか、というコト。
そんなコトを、Twitter で、ボソっとつぶやいたら、まさにブロガーの中のブロガーであるモダシン氏からコメントが。
@gosuke 内なる即興性への欲求、という点で同じだと思いますよ
コレを見て、もやもやとしていたモノが、簡単に吹っ切れたような気がする。自分がなぜ “ブロガーとジャズ ミュージシャンは似ている” と思ったのか。ソレは以下の点に共通点が見出せたからなわけで。
- 元に、何かの素材があった上で、ソレを自分の解釈/完成で料理する
例えば、スタンダード ナンバーを元に、自由にアドリブを展開するかのように、元のニュースや情報をベースに、自身の解釈やコメントを盛り込み、一つのエントリー (作品) として仕上げるという部分では、ブロガーも、ジャズ ミュージシャンも共通しているかも知れない。ブログによっては、もちろん元のニュースや情報を上回るようなクオリティを持ったモノも現れるわけで、そういったモノを見る楽しみは、色々なジャズ ミュージシャンが奏でるスタンダードを聴き、そして発掘する楽しみにも似ているかも。“日本のブログは二次情報ばっかりで一次情報となり得るものが少なく面白くない” という意見もあるが、逆に、二次情報であっても、ブロガーごとに違う持論や創造性を比べながら楽しむというのは、まさにブログならではの楽しみであろう。例えば、アルバート・アイラーとビル・エヴァンスの “サマータイム” を聴き比べるようなモノかもしれない。 - 即時性の強い時間芸術でありつつ、傑作は残り続ける
多くの場合、ブログは “その日の記事の集積” 、つまり “ブロガーの、その時々の「今」の感想や意見が連続的に集積された時系列データ” であると考えられる。言うならば、ジャム セッションや、クラブ ギグで、ジャズ ミュージシャンが夜な夜な演奏を繰り広げるようなモノではないかと。もちろん、何百本、何千本のエントリーの中には、つまらないモノも、それなりにはあるだろうが、一方で傑作とされるエントリーもあり、ソレはいつまでも残り続けるし、どんどん広まっていくコトになる。そういった点では、好きなブロガーのエントリーを日々追いかけていくのは、好きなジャズ ミュージシャンのライヴを聴きに、ライヴ ハウスに足を運ぶようなモノなのかも知れない。自分が聴きに行ったライヴで、名演が残される感覚を味わうのに近いのかも。 - インタープレイが存在する
1. に関連するコトなのかも知れないけれども、同じテーマ/ニュースをベースに複数人のブロガーが各々のブログにエントリーを残すのは、非常によく見られるコトである。そして、そこからブロガー同士で意見を戦わせる等の議論に発展するコトも多く見られる。タダの水掛け論になってしまっているのも、それなりにあるのだけれども、建設的な議論から、さらに新しい考察であったり、イノベイティヴな発想が導き出されたりすることもある。たとえるならば、チック・コリアとスティーヴ・ガッドの強烈なインタープレイのようなモノだろうか。コレがあるから、色々なブログを読むのが面白いとも言える。
ジャジーなブログ、そしてブロガーを見つけて、自分のひいきを作ってしまうと、より面白くブログの世界が楽しめるのかも知れない。
* そういえば、ジャズ ミュージシャンのブログで、面白そうなのって、あるのかな…。
